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「オペラ座の怪人」の涙

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あ~~~私って、何か一つのテーマを書き始めると
そればっかりになってしまうのです。今日も映画について
書きたいことがあります。どうぞ許してちょんまげ!
そして、もし、宜しければおつきあいくださいませ。



「オペラ座の怪人」は、随分前に、劇団四季のお芝居で
観ました。狭い舞台がまるで、暗い地下室に流れている
川のように奥行きがあるように見えて、STORYはともかくとして、
その舞台美術に感動しました。

今年の初めに映画を観て感じたことは、依然とは
随分違っていました。怪人について、もっともっと感じることが
あったからです。誰が見ても、クリスティーヌが怪人に
惹かれていたことは一目瞭然でしょう。
怪人の愛の求め方や愛のとおし方は明らかに犯罪で
あり、間違っていたとしても・・・
怪人がただのモンスターであったとしたら、この映画は
世界中で8000万人以上もの人を動員することは
ありえなかったと思います。怪人は音楽を愛していたし、
才能もあったし、また、人の目には認められていなくても
美しいもの、真に才能のあるものを見極める目も
もっていたのです。クリスティーヌは怪人の怖さを
誰よりも敏感に察知していながら、怪人の中にある
美しいものも知っており、それがたとえ一部分であったとしても、
心の底では怪人を信じていたのでしょう。

最後まで、怪人と真っ向から闘ったラウルの存在が、
また、そのラウルにどんどん惹かれていくクリスティーヌ
の存在が、怪人を追い詰めて、さらなる凶行へ走らせます。
ベールに包まれていた怪人の正体が、すべて明るみにだされ、
醜いその欲求が前面にでてくるのです。彼女の意志を無視
して、彼女の人生を支配し思いのままに操るか、
彼の住む闇にひきずりこむか、この二つしかない怪人の愛。
最後には、愛してやまないたった一人の女性(人間)である
クリスティーヌに、「歪んでいるのは、あなたの心だ」と
言い放たれてしまうのです。

クリスティーヌをラウルと行かせて、自分はもう一度、闇の中に
消えていく怪人。怪人も本当は人間として生まれていたのです。

才能もあった・・・
違う生き方もあったのです。

映画はその後の3人については、語っていません。
ただ、クリスティーヌ亡きあと、彼女のお墓の前に
たたずむラウルが、一本の赤い薔薇がたむけられている
のを見て、怪人が今もなお、クリスティーヌを偲んでいる
ことに気づく場面があるだけです。クリスティーヌこそは
闇に住む怪人の美しい部分だったからなのかも
しれません。

この映画は、もちろんフィクションです。
誰の中にも怪人(ひとりよがりな欲求や欲望)
はいるのです。それをモンスターにしてしまうのか、
それとも、自分の中に眠っている良きものを
育てて花開かせるのかは、その人の選択に
かかっているのでしょう。
by claraY | 2005-11-26 08:33 | 映画

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